1948年 (昭和23) 6月に石井茂吉が東京印書館の借棟を出たのには、手ぜまになっていたことのほかにも理由があった。茂吉は、1947年 (昭和22) はじめごろから、写真植字機の製造再開と並行して、新しい明朝体の原字制作に着手していたのだ。
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